川越と會津

喜多院

喜多院

 川越、と言うよりかは喜多院を開いた天海僧正は會津高田町(現美里町)の生まれなのです。出生地については諸説あるらしいが、舟木景光という父親の名がはっきりしており、その墓が會津に在り、いまは會津出身説が定着している。
得度した寺は龍興寺、国宝の一字蓮台法華経があり、蓮の台の上に法華経が一字づつ書かれている。
天海は、家康、秀忠、家光の3代に仕えたとされ、会津松平家の始祖は、家光の異母弟、保科正之であるが、孫のように可愛がった?家光の弟が故郷に入った には天海の何らかの意図があった気がしてならない。茂三郎の蕎麦盤は龍興寺所縁のの銀杏の木である。(勿体無くてまだ使ってません)
正之公の居た信州高遠藩は3万石。會津は23万石である。會津には正之公が伝えたと言われる高遠そばなるものがある。會津でなくても茂三郎で食べられますが詳細は次の「高遠そば」でネ。